昭和五十四年六月二十六日 朝の御理解 御理解第二十八節 病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸かえをするのに、八、九分かえて、退屈してやめれば、掃除はできぬ、それで、やはり水は濁っておるようなもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで、病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。
それぞれの運命的に申しますと、よい星のもとに生れている人、または、不運な星のも とに生れている人さまざまあります。ですから、一様にはいきません。信心しておかげを頂くと云うても、あれ程しの信心をされるのに、どうしておかげが受けられんのであろうかと、わきから見ても自分も思うようなことがありますけれども。そのどうして、おかげが受けられんじゃろうかと云う時に、それこそ、見事なおかげの元を作っていく人、そういう時にいよよ力を受けていく人、これはまだ信心が足りんのだと思うて、限りなく信心を進めていこうと意欲的な人があります。
信心を頂いておっても、めぐりと云うかネ。大しためぐりではない、めぐりのない人も あります。かと云うて、私共のように、本当にめぐりの大きかった。
先日から申しますように、本当に一生懸命信心さしてもらう、しかも、一家をあげて、 もう一心不乱。一心不乱とは、あのような事であろうかと思うくらいに信心させて頂いても、次から次と、難儀な事が押し寄せるようにあったんです。
半年の間に、三人の兄弟の葬式をせんならんと云うような、もうこれ以上の貧乏があるだろうか、といったような。
神様は、この商売なら、この商売をさせて下さってさえおれば、食べる事には事欠かん のに、神様は、わざわざその商売を酒の配給にしてから、酒の配給店を取り上げられたりといったようなね。まあ云うなら、普通で云うなら、泣きっ面に蜂と云ったような、しかも、信心させて頂いておっても、そうであった。
その一事一事を思うてみる時に、どの時にでも、私がへこたれておったら、もうあれで おしまいであったろう。それこそ、病気災難の根は切れずに、こんこんと尽きぬおかげの頂ける清水にはふれられなかったであろう。
けども、そこを、まあ一心不乱の信心をさせて頂いて、一家の者がさして頂いて、私一 家が助かりでない、沢山の人が助かる程しの、これは、もう夢にも思わなかったような事がしったいして《できて》まいりました。ね。
はじめて、なら御神意が分かり、御神愛を分からせてもらい、成程、神様の働きの中に は、もう一寸の事でも一分のことでも無駄な事はないな。こっちが、それを有難く受けていけば、おかげが受けられる。だから信心して折っても、雨も降らん、風も吹かんちゅうことはない。雨が降っても風が吹いても、それを有難く頂いていけれる信心の内容がでけておったら、それは私が、絶対というふうに、必ず、それがおかげの元になりますよという事なん〔です〕。
信心しておっても、雨も降らん、風も吹かんという事はない。ネ。けれども、それを有 難く受けて、それこそ自然との、いうなら対決です。ね、どういう事が起きても、自然との対決においてですね、それを受けていく。まあ、いうならば勝っていくと申しましょうかね。それを有難く受け越えていくという生き方になればね、それは悲しい事であったり、又は、損な事をするような事であったりするかもしれんけれども、そのことが、必ず、おかげのもとになると云う事は、これは、私の体験でもう断言出来るというわけね。そこで、私の前には難儀はないという事になったわけ。怖いものはないという事になった。怖いと思うておったのは、信心の度胸を作って下さろうという働き。ね、難儀と思うておったのは、いうなら、神愛のあらわれであった。
昨日綾部さんが話しておられましたけれども、もうどんな場合でも、私一家が、御取次 ぎを頂いて、おかげを頂いて来た話をしておられましたが。昨日は、綾部さんの案内で【】という窯元があります。もう研修会がすんでから、お風呂に入って、それか らでしたから、もう今、蛍が、もう見頃だろうという事で、あちらの息子さん、社長さんが「ぜひ一遍、親先生を案内せろ」と先日から行って、とても素晴らしかったからと長男が申しとりましたからと、それで丁度、文男先生と高橋さんに相談させたら、「それはいいでしょう」という事になって、そのまま正義先生が来てくれましたから、そのまま車でまいりました。
本当に、まあ素晴らしい所ちゅうて小鹿田(おんだ)ですけれども、小鹿田の窯元も、 ちょっと見せてもらい、それから日が暮れて、あの蛍。それから、あの河鹿《鮖》(かじか)を初めて聞きましたんですけれども、素晴らしい声ですね。あれが鳴くと、それから蛍を、昨日は風が吹いて、たくさんは出ませんでしたけれども、まあ点々とね、久し振りに蛍見物というでしょうかね、蛍狩りではないですから蛍見物でしょうね、をさせてもらいました。
その行き戻りの一時間余りの間に、その綾部さんの話される話を聞いて、ほんなこつ、 そげなこつもあったの、そげなこつもあったのという話の中にです、ある問題を持って行った時に、あのう「綾部さん、貧乏くじが宝くじばい」ち先生が云わっしゃった。もう本当に、こげな貧乏くじがあろうかと思うような事を、あの、お届けさせて頂いたら、「貧乏くじが、宝くじばい」とおしゃったが、「もう、今こそ時候になっとるけん云わるるばってん」と云うて、それこそ、私も初めて聞いた。三人の者も聞いて、びっくりするような話を聞いた、車の中で。たしかに貧乏くじが宝くじであった、しかもこういう、素晴らしい宝くじであった、という話を、たくさんな話の中から聞かせて頂いたんですけれども、その貧乏くじを、貧乏くじに思わずにね、それを宝くじとして頂く心が生れてきたら、絶対、宝くじだという事。
私のような「ふ」の悪かもんなおらん。私ぐらい貧乏くじと云うて嘆くなら、それはそ れまで、それを宝くじとして受けていく所に、いうならば、日頃の信心の稽古がいる。また度胸もいるという事になるでしょう。
今朝から、お夢を頂いたんですけれども、熱心に信心しておかげを頂いている方なんで す。私は、いつもその方に、まあある面で尊敬しているし、素晴らしい方だなあと、いつも思う方が、私が長年、自転車というものに乗りませんから、もう全然乗れない。それであの、その方が上手に乗って、後から、『そこん所を足をつきなさったらいいですよ。そこん時きゃ、倒れるほうにハンドルを向けなさったらいいですよ。』と後から云うてきて、私が丁度、自転車の乗り習いの稽古をしよるような所を頂いたんです。しかも、若い時にゃ乗りよったつじゃからコツだけは覚えとるようじゃっても、もう五体が、いうことをきかんもんじゃから、実際そうじゃろうと思うです。今、自転車に乗れち、いうたって乗れんでしょうと思うですけれども、その方が後から、上手に乗りながら、そこん所はちょいと足をつかれるといいですが、そこん所はハンドルを、こう右の方へ曲げなさい。左の方へ曲げなさいと、後ろの方から『いいんや、私は自転車はだめばい』という所で目が覚めた。
どういう事だと思われます。まあ、ここでは乗り物の事をお徳とおっしゃる。ね。信心 をさせてもらう、一生懸命の、云うなら、もうそれこそ何といいますかね、『わらじばきの信心』とでもいいましょうかね。一生懸命のわらじばきの信心。
合楽へ合楽へともう通うても通うても、まあ、いうならばおかげにゃならんのだけれど も、通うていけば通うていく程、いうなら、心の中に信心の有難いということが分かってきて、だんだん、今度はその信心におかげが伴うてくる。少し楽になってくる。いうならば、自転車ではあるけれども、なら、自転車の徳を受けたということになるのです。ね。私は、過去において自転車に乗りきっとたからコツを覚えとる。けれども、もう、長年 乗りませんから夢の中でも乗れませんで、後ろから、その、指導してもらいながら、そこん所はちょいと足をつかれたらええです。もう、坂道の所は押していかれたがいいです。そして、そこん所では倒れよる方へハンドルを向けなさいち云うち、後ろから、こう云うてくれるんですけれども倒れた。そして、『私しゃ、自転車はもうダメばい』というておる所であった。お夢が。
そのことは、だんだんわらじばきの信心から、自転車の徳を受けて、自転車の信心を。 私は、人間的にその方を尊敬しているからね、その方のことを人間的には見習いでもせんならんと思うくらいの方ですから、やっぱり人間的に、その人の自転車乗りの所を稽古しよったんだと思うですけれどもね、けれども、これではつまらんでしょうもんね。
これまでの信心では、成程、おかげは頂いとります。けれどもこれは、いうならば自分 というものが中心。自動。自転車。自分で踏まなければならない。けれども踏むという事も、まあ、実意丁寧にも踏んでいかれる、まあどこへでも踏んでいかれるから便利である。そういう程度であるけれども、なら、これにたとへば一人位は後ろに乗せられるにしても、人を乗せたり、重たいものを載せたりするすることにはならないでしょう。自転車という事ではね。
たとへば、自動車の徳があります。まだその前に、単車があるかもしれませんね。もう 不安でもガタガタとやっていけれる。ようやく自動車の徳を受けて、四、五人の者が乗れる。トラックの運転が出来るなら、それも何百トンといったような、何十トンといったような物が運べるようなね、トレーラーバスのような運転が出来れるようになれば、なら、何十人の人を乗せていけれる力というものが、これは自分の力じゃあない、もう御神徳なんです。信心してね。
だから、わらじばきの信心、『わらじ』とは『和楽の路』と御理解に頂いた事がある。 どんなにわらじばきの信心しとって、わきから見て難儀のようでも、自分の心には和楽の心、和らいだ楽しい、もう合楽通いが楽しゅうてこたえんというような時代、もう、わらじばきで一生懸命の信心がでける。降っても照っても合楽通いが楽しい。そして、おかげということはないけれども、「私の心の中を見て下さい」というような状態。心が和らいでおる、どんな場合でも、心が楽しい。そういう路をたどらせて頂いて、自転車の徳を受ける。
合楽では、自転車の徳を受けておる人はたくさんあるようですね。同時に、その人は人 物的にも素晴らしいから、そういうものも相まって、いうなら、お商売なら、お商売が繁盛しておる。ね。そげん時には、足をつけば倒れんですむ。そげん時には、倒れる方にハンドルの切り方一つで倒れんですむ。そういう工夫というか、そういうものが身についての信心を、私は、今日は「自転車乗りの信心」というふううに聞いて頂いた。
だから、それではね自分が、人が助かるということにはならない。どうでも自分の運転 する車にね、たくさんの人を載せられる、どんな重たい物でも載せて運べる程しの、いうならばせめて、自動車の徳ぐらいは受けなければいけない。
これはまあ実際にそうですけれども、今、私に自転車の徳にかえれと云うたって、おそ らくかえりもしませんが、いやもう、私はでけん、もう自転車の徳じゃ、どんこんでけんと、自分で云えれると思います。けども、その人の人物的な所に、ああいう信心は薄くても、何とも素晴らしい、人格的には素晴らしい人。やっぱり見習わせて頂かねばならんなというふうに思う所が、ちょっと自転車の稽古をした所じゃあないでしょうか。けどももう、自転車はもう私しにゃダメだとね、そして私には、なら、そりこそ何百人もの人間を乗せて運べるような、まあ現在はおかげを頂いておるという事になるのではないでしょうか。
だから信心がね、自転車どまりの徳ではだめだということです。今申しますように、め ぐりの程度というのがあります。だから、五年でお取り払いを頂く人、十年も、二十年もかかっても、まだかつめぐりの為に苦しんでいる人もありますけれども、めぐりそのものを、神愛と分らして頂くようになりね。それこそ貧乏くじが、宝くじと頂けれるような信心にならせて頂いて、はじめてその次に、いうならばね、一つも自分では、自分で踏む、そういう骨のおれることはなくても、自分の心一つで、いうならボタン一つで、いうならハンドル一つでね、沢山の人を乗せたり、運んだりして上げれるような、やはりお徳を目指さなければ、今日の御理解『井戸は清水になるまで』というおかげにはならないと思います。
井戸は清水になるまでのおかげを受けた時にこそ、もういうならば、こんこんと湧き出 る清水を汲んで飲むような、私しゃおかげという事。しかも、汲んでも尽きぬおかげというかね、金光大神の御取次ぎによって、天地金乃神様のおかげが受けられるようになり、限りなく、無尽蔵におかげが頂けれるおかげを受けておるということが有難いと、御礼が申し上げれるような信心をさせて頂く為に、人を見てはなりません。めぐりの程度が違います。それぞれに。
だから、早く各々、めぐりの自覚に立たんならん。合楽では、その自転車の徳までは沢 山受けておる人があると思うんですけれども、それからもう一つ、いうならば上の、いうならば自分の我力というものを出さんですむ信心ですたいね、いうならば、自転車は自分で踏まんならんでしょうが。坂道になったら押していかんならんでっしょうがね。けれども、ここも一つの過程としていいけれども、それでとどまった信心ではいつまでたっても本当な尽きぬおかげということになってこない。
自動車、自分で動いておるかのような、いうならば信心。踏んで動くのではない。そこ には、油もいりゃあ、機械が正確じゃあなからにゃならんといったような事もございます。ただそれを、自分が整備をきちっとしておいて、その運転で沢山の人を、いわば人の難儀でも積んであげれる位な、いうなら尽きぬおかげを頂くという事は、自転車の信心から、もう一つ自動車の信心にならせて頂く為に、本気で貧乏くじは宝くじといったような信心が、身をもって頂かれる、いうならば、実験実証をしていきながら徳を積んでいきたい。そのためには、そういう時に生き生きした元気な信心が出来よらんと、そこからおれてしまうといったような結果すら生れるのですから。 どうぞ